
天保五年(1834 年) 創業

宮 敬一郎社長
170年の歴史といっても千葉県の醤油屋の中では全く自慢できないです・・・ただ、大手と同じ土俵で戦ったら絶対に勝てない。数量・価格で勝負できるはずがない。私たちには、ご先祖様が残してくれた蔵である。道具がある。それらを使って自分たちが正しいと思う醤油づくりをしていきたいです。

4〜5月は鯉幟と大きな幟がお客様を出迎えてくれます。空の大桶も駐車場に置かれています。

木桶が足場となる床から一段飛び出しているのがご覧いただけると思います。通常の醤油蔵は、桶の縁に合わせて床が張られるため、段差はありません。ところが、宮醤油では段差をつけることによって、諸味が床にこぼれることを防止し、床を常に清潔に保っています。

これも攪拌時に諸味の飛び散りを防ぐための工夫。

蔵の屋根には長年にわたって棲みついている微生物がぎっしり。一朝一夕ではできない「蔵の精」と呼ばれるものです。


醤油を搾っている光景。水圧式の圧搾機。

天保十五年のいわゆる「決算書」です。

これ歴史を感じることができる看板。

蔵に併設する店舗では醤油商品を直接購入することも可能。
千葉県は醤油の生産量日本一。その内訳はキッコーマン・ヤマサ・ヒゲタといった大企業が工場を構えているからなのですが、昭和の始めには400軒以上の醤油蔵があったといわれているのが、今となってはJAS認定工場が13と激減。
醤油の産地といわれている千葉県でも蔵数の減少は顕著なものになっています。「昔はもっと南、房総半島の先端にもたくさんの醤油蔵があったけど、今ではうちが最南端だろうねぇ・・・」と宮社長。
現代において、麹づくりから自社で手がけている醤油蔵は非常に少なく、残っている蔵には必ずそれなりの理由が存在していると感じています。
宮醤油の場合は、「生協」を経由した販売ルートを持っていたことが挙げられると思います。問屋さん経由で商品を流通させていた蔵は、流通構造が変わっていく中で大手企業との価格競争に継続ができなくなるケースが多いのです。
「良いものであれば、少し高くても購入する。」という意識を持たれた生協会員の方に販売することが出来ていたために、宮醤油は今でも伝統をしっかりと守り続けることができていると思うのですが、そのきっかけをお伺いして思わず笑ってしまいました。
元々、自然食品を扱う店舗に商品を提供していたそうですが、その店舗が潰れてしまいます。当然、債権者や関係者が店舗に残っている資産の差し押さえに集まるわけです。ただ、その場に遅れて登場してしまった先代の宮社長。
「宮さん、こんなに遅く来ても何も残っていないよ!」といわれる始末。
「本当は悔しくて、捨てセリフ的に言ったんだと思うのですが、『何をいっているんだ!今までお世話になっていたんだから、挨拶をしにきただけだよ!』って言ったらしいんです。」と現社長の宮さんが笑いながら話してくれました。すると、その言葉に、集まっていた人たちは、「確かに、それもそうだ・・・」と、その場は解散になったそうです。
これには、「宮さんのおかげで助かった。ありがとう!」と、自然食品店の社長さん。その社長さんが、店は潰れてしまったけど、せめてもということで紹介をしてくれたのが「生協」だったそうです。
当時はまだ会員数も少なく、今ほどの規模では到底なかったそうですが、生協の会員数増加に伴って、宮醤油も安定供給できる流通経路が育っていくことになります。
するど、生協の会員さんが定期的に蔵に見学に訪れるようになります。元々醤油蔵は見学を公に受け入れているところは少なかったのですが、出来る限り対応していきたいということで、今では一年を通して工場見学を受け入れています。
そのために、木桶で天然醸造方式での醤油造りの現場を、いつでもお客様にご覧いただけるように衛生管理の行き届いた「見せられる場」の維持を徹底をしているそうです。
「理屈でなく美味しいと感じてもらいたい。」このように宮敬一郎社長はこう力強く語ります。「無添加」や「天然醸造」で安全そうだから買うというのではなく、この醤油が美味しいから、「これじゃなくてはだめだ!」といっていただきたい。だから、製法にはとことんこだわっているそうです。
現在の日本全体での醤油醸造方式は、大別すると以下の3つに大別されます。
天然醸造方式は温度変化を自然に任せて醸造するため、1年のうち決まった期間しか作れません。そのため、桶の数・資金の点などから量産には向きませんが、出来た製品は一段と風味のあるものができます。宮醤油ではこの天然醸造方式で醤油を醸造しています。
毎年、全国醤油鑑評会が開催されますが、それに先駆けて行なわれる千葉県工業試験場主催の鑑評会で、特級出品銘柄12点の中で「秀」にランクされ、代表として毎回出品しております。第5回大会(昭和53年)と第24回大会(平成9年)、そして第29回大会(平成14年)に最優秀賞である農林水産大臣賞を受賞したほか、平成3年、平成4年、そして平成12年、平成13年に2番目の賞である食糧庁長官賞を受賞するなどしています。
宮醤油がある富津市佐貫は、東京湾に突き出ている富津岬の南側にあります。ここは古くは北条氏と里見氏が勢力争いを行なった古戦場で、江戸時代には対里見防衛ラインの一翼を担い、石高1万6000石という小大名ながら城があり城下町が形成されていました。
従来、佐貫の城下町は敵の侵入を防ぐために、交通路がしっかりを整備されていなかったそうです。交通の便が悪いということは地域が発展しそうにありませんが、千葉県内で二番目に銀行が設立される程、非常に栄えていた地域なのです。
その理由は佐貫の南側にある大きな山。交通手段が険しい山を越えることしかなかったために、山を境に北と南で人々の交流はなく、独自の文化圏を形成していたそうです。つまり、佐貫より北の地域、および近隣地方から人が佐貫にあつまってくる地形だったのです。
ただ、国道127号線が整備されて交通のインフラが整うと人々は都会に出て行ってしまったのですが・・・
天然醸造方式にこだわる宮敬一郎社長。天然醸造方式での醤油造りは仕込から完成まで最低でも一年かかります。つまり、一通り経験するにに一年かかるということです。作業手順を覚えるのに数年、自分のものにするのに十数年。
「醤油造りで人間にできることは、あくまで微生物のサポートです。その世界は人間の知恵の及ぶところではないんです!」とも。その分、いい醤油ができた時の喜びは格別とのことです。
今後のビジョンについては、「地域に密着していきたい。」と宮社長。千葉県の最南端の醤油蔵になってしまった今、「南房総といえば宮醤油!」といわれるくらいに、地域の方に地域の醤油を提供していきたい。その一環として、地元の産物である「夏みかん」をつかったぽん酢を製品化しようとしています。「だた、原料確保が難しくってね・・・奮闘中なんです!」
宮醤油は、常時蔵見学を受け付けています。是非、お気軽に訪ねてみてください。事前に電話連絡をいれていただき予約していただくと、しっかりとご案内していただけると思います。
宮醤油の蔵運営サイト
http://www.miyashoyu.co.jp/
江戸末期の天保5年に上総国佐貫藩の城下町に創業して以来、醤油造り一筋の蔵元です。温暖な気候と良質な水に恵まれ、人工的な温度管理をしない天然醸造・無添加の醤油を製造しています。
江戸末期の天保5年に上総国佐貫藩の城下町に創業して以来、醤油造り一筋の蔵元です。醤油の諸味を搾っただけの状態のものを「生揚げ醤油」といいますが、本品はその生揚げ醤油を塩分調整のみ行なって作った超特撰濃口醤油です。とても濃厚な醤油で、お刺身、寿司などに大変適しています。
以下のサイトが蔵元が運営するサイトです。
100ml醤油をきっかけに「この味好きだな!」と感じていただけましたら、是非、直接蔵元にお問い合わせ下さい。大きなサイズや、その他の醤油がラインナップされています。
職人醤油は各地の醤油を100mlサイズでご紹介しています。職人醤油及び100ml醤油についてはこちらまでお問い合わせください。