 昭和18年(1944年)創業
 長良川と金華山。山頂に小さく見えるのが岐阜城。標高は330m以上とのことで、よくこんな高いところに築城したものです・・・ |
「たまり醤油」を造っています。 JAS法の規定では、醤油は五種類に分類されています。「こいくち」「うすくち」「再仕込み」「白」、そして、「たまり」です。 主に東海地方(愛知・岐阜・三重)で製造・消費されている醤油ですが、一般に多く出回っている「こいくち醤油」と比較すると製法がまず異なります。
「こいくち醤油」の原料が、大豆:小麦=5:5に120%程度の水で仕込むのに対して、「たまり醤油」は、大豆:小麦=8:2で50%の水で仕込みます。
つまり、大豆の使用量が多いことと、仕込みに使う水が少ないというわけです。大豆のたんぱく質が「うま味」成分のもとになりますので、「 トロリとしたコクのある味」が特徴といわれています。また、仕込み水が少ないので、当然同じ量の原料からとれる醤油の量は半分以下となる上に、醸造期間は2年をかけます。そして、火入れをしていませんので、酵母菌や乳酸菌が生きたままの醤油というわけです。
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 みのび 100mlサイズ
 漆黒 100mlサイズ
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 山頂の岐阜城からの眺め。長良川が綺麗なカーブを描き、平野の広がりを一望できる素晴らしいパノラマです。
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手をかけることが、心を込めること。 山川醸造は昭和18年創業で、現在の山川晃生社長が三代目。今でも職人が木桶で2年かけて仕込むスタイルを頑なに守っています。
「たまり醤油」は週1回「くみかけ」という、底にたまった液をすくいかける作業を繰り返します。「機械ですればいいじゃないか?という声をたくさんいただきます。ただ、常に人の目で見て、体で感じて手を加えてあげる。そこに職人の心が入ると思うのです。」と山川社長。「我々は食べる人の命を預かっている。」「手をかけることが、心を込めること。」という言葉がお話を聞いていてとても印象的でした。
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 三代目の山川晃生社長
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名古屋の味を支える存在 山川醸造はこれまで、料亭やうどん屋、鰻屋などの業務用に特化して醤油を販売していました。その結果、名古屋地域の1000社を超える顧客を抱えるまでに至っており名古屋の味を縁の下で支える存在となっています。
納入先の店主は味にこだわる方たちばかりで、要求レベルも当然高くなります。「うちの料理に合うように旨味を保ったまま、色をもう少し薄くできないか?」など。時には無理難題にも聞こえる要求に正面から立ち向かってきた歴史があり、そのような顧客に育てられたノウハウの蓄積が山川醸造の醤油造りを支えているのです。
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 木桶と仕込みに使う石
 桶の中心にこのような筒を立てます。筒の下部に穴があいており、中心に液体がしみだします。定期的にその液体をすくって上にかける作業を繰り返します。

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目的は、「お客様が楽しく食事をしている光景」をつくること。 「昔は、たまりは東海地方の文化だ。オレたちが守っているんだ!という誇りを胸に、本物を作っていれば、受け入れられるはずだと考えていました。ただ、ある時、師匠に言われたんです。「文化論を振りかざして醤油を売ろうとするのはメーカーとしての傲りだ。」って。。。」
その時を境に考え方が変わったそうです。
例えば、昔の小学校にあったストーブは石炭。ところが石油ストーブに取って代われて、石油ストーブさえ電気ストーブにとって代わられようとしている。お饅頭だって、未だに砂糖でこてこてのあんこを使っているところはない。今のあんこはまろやかですよね。
「自分たちが勝手に文化だ伝統だといって、お客様に押し付けてはいけない。自分たちが追求するのはお客様の喜ぶ光景だったり、楽しい食卓なんです。」
一方、たまりの知名度は全国的にみれば低い。しかも、東海地域の味であるはずの「たまり」が、近所のスーパーに足を運んでも「たまり」スペースが小さかったり、一切置いていないところを目にします。
危機感を感じるとともに、もっと多くの方に「たまり」を知ってもらいたい。という想いから、様々な試みに挑戦しています。「醤油ゴマ」や「アイスクリームにかける醤油」は代表的なもので、「これをきっかけに、たまりを知ってもらえればいいんです!」このように語る山川社長は、伝統製法の継承者であり、たまりの普及推進者であり、たまりの愛好者と様々な顔を垣間見ることが出来ます。 |