木桶職人復活プロジェクト
木桶を、つくれる国であり続けるために。
江戸時代までは、和食のベースとなる醤油、味噌、酢、味醂、酒などの基礎調味料は「木桶」でつくられていました。しかし、費用対効果が見合わないという理由で減少の一途をたどり、2010年頃の醤油業界の例では全体の 1パーセント以下まで落ち込んでいました。
もう一度、自分たちの手で木桶をつくる。2011年、小豆島から始まった挑戦の記録です。

① 木桶職人復活プロジェクトとは
木桶職人復活プロジェクトは、木桶による伝統の味を次世代に繋ぐための取り組みです。
木桶に関わる食品メーカーや流通業者、大工や料理人が企業や業界の枠を越えて集まり、毎年冬に小豆島で新桶づくりをしています。幅広く技術や情報を共有する。シェアの奪い合いではなく品質の競争をする。木桶の魅力を伝え、木桶仕込みの商品の生産量を増やし、木桶職人を増やす。その結果として、次世代に木桶を伝え繋げることが、このプロジェクトの目的です。
呼びかけたのは、小豆島のヤマロク醤油 五代目・山本康夫さん。2011年秋のことでした。


② 木桶は、なぜ消えかけたのか
木桶には寿命があります。100年から150年。とても長く使えるからこそ、新しくつくる必要がありませんでした。しかも、高度経済成長期(1955年~1973年頃)は大量生産の時代。製造現場も機械化の流れが急速に進みました。
どの業界でも木桶は見向きもされない存在になっていました。そして、いま各地の蔵に残る木桶のほとんどは、戦前につくられたものです。数十年にわたって新桶がつくられない時代が続いた結果、醸造用の大きな木桶をつくれる桶屋は、2010年頃には大阪・堺の藤井製桶所ただ1社にまで減っていました。

木桶はリサイクルされるものだった
かつては、こんな循環がありました。新しい桶はまず酒屋で数年使われ、そのあと桶職人の手で組み直され、醤油屋や味噌屋へ。そこで100年から150年使われる。桶が世代を越えて受け継がれていく仕組みです。ところが酒蔵が新桶を入れなくなり、醤油屋もプラスチックやステンレスのタンクへ移っていくなかで、この循環は途絶えてしまっていました。
木桶でつくられる醤油は、いまや全体の1パーセントほど。このままでは、日本の伝統的な発酵文化が消えてしまう。次に桶が壊れたら、木桶仕込みが続けられない。その不安が、醸造の現場で切実なものになっていました。
そして、失われかけているのは桶だけではありません。木桶づくりは、木を切るところから始まります。使うのは樹齢100年を超える杉。板一枚のために、その一本を育てた人がいます。桶がつくられなくなるということは、その山とのつながりも切れるということです。

③ 2012年1月、木桶づくりの修行に
「このままでは、子や孫の世代に木桶仕込みの醤油を残せない」
そう考えた山本さんは、大きな決断をします。使い手である醤油蔵自身が、木桶をつくれるようになればいい。2009年、可能な限りの借金をして、藤井製桶所に新桶を9本発注しました。そのとき桶屋さんから返ってきた言葉が、状況を物語っています。
「醤油屋から新桶の発注が来たのは、戦後初だよ」
2012年1月、小豆島の同級生の大工たちと一緒に、大阪・堺の藤井製桶所へ弟子入りしました。発注した新桶を実際につくりながら、板の削り方から竹箍の編み方まで、すべてを一から教わるためです。

翌年、小豆島で自分たちで最初の1本をつくる
翌2013年、小豆島に場所を移し、自分たちだけの手による新桶づくりに挑みました。4日間で20石(約3,600リットル)の桶を1本組み上げる予定が、始まってすぐにトラブルの連続。
竹箍を編むのに20回以上やり直し、底板の寸法を測っては頭を抱える。慣れない力仕事に夜は数時間おきに目が覚めるほど身体はフラフラで、それでも翌朝6時からまた作業が続きました。
そうして2013年9月20日、ようやく新桶が完成します。桶の底板には、その日の日付と「新桶一号」の文字。関わったメンバーが、未来へのメッセージを一枚一枚に書き込みました。

④ 1パーセントを2パーセントに
このプロジェクトでみなが共有していることがあります。木桶仕込みの醤油は、市場全体のわずか1パーセントです。この小さなパイを小規模な同業者どうしで奪い合うのではなく、みんなで協力して2パーセントにしよう、ということです。
だから、同業他社であるはずの蔵元どうしが、驚くほどスムーズに手を組みます。ある若手の蔵人は「このプロジェクトは同業の集まりのはずなのに、『奪い合う』という感覚がない」と話します。木桶を間にたてると、これまで連携が難しかった相手とも、同じ方向を向いて進める。不思議な感覚が漂っています。

連携することで世界に「KIOKE」を
海外への販路を開くために、醤油メーカーが横につながって「一般社団法人 木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアム」も生まれました。展示会では、一つの蔵が他の蔵の醤油まで説明する。「うちの醤油はお客さまに合わない」と思えば、迷わず別の蔵をすすめる。連携することによって、1+1を2以上にできる、という確かな信頼です。
足を引っ張り合う競争ではなく、商品の質で競い合う。この考えに共感する人たちが集まっているのが、木桶職人復活プロジェクトです。

⑤ 木桶の何が、そんなにすごいのか
木桶に使われるのは、主に杉の木材です。その表面を拡大すると、無数の小さな穴があります。そこに、発酵の主人公である微生物が住み着きます。木桶は、わずかに空気を通し、水分をため込み、日々表情を変える。まるで呼吸をしているようだと表現されるほどです。
住み着いた微生物は、その蔵だけの生態系をつくります。研究機関に持ち込むと、新種の微生物であることも珍しくありません。百年を超える歴史の積み重ね。その蔵にしか出せない味の理由が、ここにあります。ワインに似た多様性、と言ってもいいかもしれません。同じ木桶仕込みでも、蔵ごとにまったく違う個性が生まれます。
おもしろいのは、味が「作り手の性格に似る」と言われることです。ほとんど同じ微生物が住む蔵でも、作り手が違えば、まるで違う味に仕上がる。発酵は微生物の仕事であり、人間の仕事は、彼らが心地よく暮らせる環境を整えること。その手のかけ方に、作り手の人柄がそのまま表れるのです。
大学との共同研究も進んでいます。東京医科大学や宮崎大学と、木桶仕込みの優位性を科学的に確かめる取り組みが続いています。感覚として語られてきた木桶のよさが、少しずつ言葉と数字になりはじめています。

⑥ 木桶に人が集う
毎年冬、小豆島でひらかれる新桶づくりは、「木桶による発酵文化サミット」と呼ばれるようになり、初年は10人ほどだったのが、近年は年600人ほどが集まる規模になりました。
全国の木桶の職人はもちろん、醤油・味噌・酒・酢の蔵元、料理人、流通関係者、研究者、メディア、そして海外からの参加者。みんなで新桶を組み上げながら、技術や知恵を交換する。太鼓を叩いてリズムを合わせ、荒縄を巻く作業はまるでお祭り騒ぎ。「元気がないとイエローカード」なんて場面もあります。最終日の夕方には、火を囲んで車座になり、一年の話をする。
そして何より大きな変化は、蔵に若手が戻ってきていることです。木桶で醤油をつくり続ける蔵に、家業を継ぐために若い世代が帰ってくる。外の世界で経験を積んでから戻る人も少なくありません。醤油業界全体でみれば、廃業していくメーカーは増え続けていて、平均年齢もあがっているのですが、不思議なことに、木桶仕込みに取り組む蔵元の平均年齢は、むしろ下がっています。伝統が「過去のもの」ではなく、これからをつくる場所になりつつあります。

⑦ 木桶醤油は、日本にどれくらいある?
「木桶仕込みの醤油は、全体の1パーセント」。よく語られる数字ですが、その根拠が示されることは、ほとんどありません。私たちがどう見積もっているのか、算出の過程をそのまま公開します。
考え方は、稼働している木桶の本数から、年間にどれだけの醤油ができるかを積み上げるものです。まず、稼働している木桶の本数。2010年当時、国内唯一の大桶職人集団だった藤井製桶所の熟練職人によれば、全国で現役稼働している木桶はおよそ3,000本と推定されていました。
次に、1本あたりの量。木桶の容量は地域によって20石(約3,600リットル)、30石(約5,400リットル)などさまざまです。醤油のもとになる諸味を余裕をもって入れると仮定し、1本あたりの平均を4,000リットルとしました。
そこから、諸味を搾って醤油になる量。熟成した諸味を圧搾すると、醤油と搾り粕に分かれます。圧搾率は蔵ごとに異なりますが、平均して80パーセントが醤油になると仮定しました。最後に、熟成期間。1年から3年の幅があり、再仕込醤油ならその倍。年間生産量を出すために、1.5年で1回の生産サイクルとしました。
これらを掛け合わせると、次の式が成り立ちます。
3,000本 × 4,000リットル × 0.8 ÷ 1.5年 = 約6,400キロリットル
2010年の醤油流通量は約848,926キロリットル。つまり木桶醤油は、全体の1パーセント未満と推定されました。その後、2021年に東京聖栄大学の福留奈美先生による「醤油醸造用木桶の使用実態に関する全国調査」が行われ、全国に木桶が約4,750本あると報告されました。この数値を当てはめると、
4,750本 × 4,000リットル × 0.8 ÷ 1.5年 = 約10,133キロリットル
2023年の醤油出荷数量は683,340キロリットル。つまり木桶醤油は、全体の約1.5パーセントと推定されます。こうした試算から、木桶醤油はおおよそ全体の1〜1.5パーセントの範囲でつくられていると考えられます。
※ 醤油業界全体の流通量の推移(10年ごと・キロリットル)
1970年 1,125,742
1980年 1,190,425
1990年 1,176,187
2000年 1,061,475
2010年 848,926
2023年 683,340
(出典:しょうゆ情報センター 統計資料)
※ 木桶の全国調査
東京聖栄大学 福留奈美先生「醤油醸造用木桶の使用実態に関する全国調査」(2021年)
https://s-shoyu.com/knowledge/0808/

⑧ 木桶職人復活プロジェクトの歩み
2009年 ヤマロク醤油が藤井製桶所に新桶9本を発注(「醤油屋からの発注は戦後初」)
2011年 秋、木桶職人復活プロジェクトを立ち上げ
2012年 1月、再び藤井製桶所に新桶を発注し、その製作を手伝う形で、小豆島の大工たちと弟子入り
2013年 9月20日、自分たちの手による新桶一号が完成。以降、毎年1月から2月に小豆島で新桶づくり
2015年 この年につくった木桶が、イタリアのクラフトビールブルワリーBALADINへ
2019年 渋谷ヒカリエ(D&DEPARTMENT)で木桶をテーマにしたイベントを開始
2021年 3月、一般社団法人 木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアム設立
2022年 FOODEX出展。東京駅の新幹線乗り換え口に木桶を2週間展示。阪神梅田本店で木桶の催事を開始(以降、毎年開催)
2023年 9月、第3回「古典の日文化基金賞」を美術・生活部門で受賞
2025年 大阪・関西万博(RELAY THE FOOD)で木桶の展示と製作実演
2026年 阪神梅田本店での木桶の催事が5回目。小豆島での新桶づくりも継続

⑨ 広がりの記録
新桶と、新しい蔵
プロジェクトから生まれた動きは、各地の蔵に広がっています。2012年にヤマロク醤油が戦後初の新桶を導入して以降、ミツル醤油醸造所(福岡県)、井上本店(奈良県)、金芳醤油(福岡県)が木桶での醸造を復活。日東醸造は木桶の箍を毎年新しくする輪替えを続け、足立醸造(兵庫県)はオーガニック醤油の熟成蔵を新設、弓削多醤油(埼玉県)は100周年を記念して30石の大型新桶を製造しました。新蔵や新桶を計画する蔵元は、増える傾向にあります。
イベントの広がり
小豆島での新桶づくりは、初年の10人ほどから、近年は年600人の規模へ。2022年からは阪神梅田本店で木桶をテーマにした催事を毎年開催しており、2026年で5回目を数えます。渋谷ヒカリエでのトークイベント、d47食堂との「木桶定食」、東京駅や池袋サンシャイン(卵フェス)での展示、各地の予選を経て小豆島で競う「タガフープ世界選手権」。木桶を軸にした場が、全国に広がっています。
海外への広がり
木桶醤油の海外輸出額は、右肩上がりの一本調子ではないものの、大きく伸びています。(以下、一般社団法人 木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアムが集計している輸出金額)
2019年 7,208万円
2021年 1億2,516万円
2022年 1億7,278万円
2023年 1億3,753万円
2024年 2億円
イタリアのクラフトビールブルワリーBALADINは、2015年ミラノ万博をきっかけに創業者のテオ・ムッソ氏が木桶に興味を持ち、木桶で18か月熟成させたビールを手がけています。ヤマロク醤油には、発酵を学びに訪れる外国人が増え、単なる見学を越えて作業を一緒にしたいという声も多くなっています。職人醤油の店頭では「Kioke」「Barrel aging」と指名して買う外国人が増え、醤油のなかに「木桶」というジャンルがある、という認知が広がりつつあります。
受賞・メディア・書籍・研究
2023年、木桶職人復活プロジェクトは第3回「古典の日文化基金賞」を美術・生活部門で受賞しました。海外メディアの注目も高く、WALL STREET JOURNAL、イギリスBBC、NETFLIX、NHK、CNNなどが木桶を取り上げています。書籍では、木桶とこのプロジェクトを詳しく紹介した『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』(竹内 早希子 著/岩波ジュニア新書)があります。学術面でも、東京聖栄大学 福留奈美先生による全国実態調査、東京医科大学・宮崎大学との木桶の優位性の研究が続いています。
⑩ 集う人たち
木桶職人復活プロジェクトには、立場も業種も越えて、さまざまな人が集まっています。
木桶職人は、2010年頃には国内に1組しかいませんでしたが、小豆島の桶職人集団を中心に、福島、石川、兵庫、鹿児島と各地に桶職人が誕生し、協力しながら技術と質を高めています。醤油メーカーは60社以上が参画。派生した一般社団法人 木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアムには約20社が加盟しています。ほかにも、味噌・日本酒・酢・ソースなどの伝統調味料のメーカー、近年は木桶でビールを仕込みたいというクラフトビールメーカーの参加も増えています。
⑪ よくある質問
● 木桶仕込みの醤油は、どこで買えますか。
職人醤油のオンラインストアで、木桶仕込みの醤油を種類ごとに選べます。まずは淡いものと濃いもの、2本を使い比べてみるのがおすすめです。
・淡口醤油 │ 正金 うすくち生醤油 100ml
https://store.s-shoyu.com/products/sy006?sscta=kiokepro_faq_usukuchi
・濃厚タイプ │ 鶴醤 100ml(ヤマロク醤油)
https://store.s-shoyu.com/products/sy043?sscta=kiokepro_faq_koi
・木桶醤油100ml 一覧
https://store.s-shoyu.com/collections/kioke-100ml?sscta=kiokepro_faq_list
● 木桶づくりを見学・体験できますか。
毎年1月から2月にかけて小豆島でひらかれる新桶づくりには、蔵元や関係者に加えて一般の参加者も集まります。ミニ木桶づくりのワークショップなど、木桶の構造に触れられるプログラムも行われています。開催情報は木桶に関連するイベントのページでご案内します。
● 木桶の寿命はどれくらいですか。
一般的に100年から150年といわれています。長く使えるからこそ、新桶がつくられない時代が続き、桶づくりの技術が途絶えかけました。
● 木桶仕込みだと、味は何が違うのですか。
杉の木桶には微生物が住み着き、蔵ごとの生態系が生まれます。その結果、同じ木桶仕込みでも蔵ごとにまったく違う個性が出ます。ワインのように、蔵元によって香りや味わいが異なるのが魅力です。
⑫ ここから、始める。
木桶のことを、もう少し知りたくなったら。まず、木桶仕込みの醤油を、使ってみてください。そして、お近くの木桶仕込みをしている蔵元を訪ねてみてください。情報を文字で読むのと、現場で体感するのとでは、大きな違いがあるはずです。

