職人醤油の蔵元

宮島醤油

醤油を基礎に食品事業を広く展開

宮島醤油は明治15年(1882年)に佐賀県唐津市で創業。昔の工場には運河が設けられ、製造された醤油が敷地内で船積みされては玄界灘へと搬送されていたそうです。

水運の専門家であった七世宮島傳兵衞は海運や石炭採掘業など多彩な事業展開を経て、より永続的な事業への転換を目指して醤油醸造業へ。その後は、品質と生産量を増やしながら発展を続け、近年はレトルト商品など幅広く事業を展開しています。

佐賀県醤油協業組合

宮島醤油の本社工場に隣接する形で、佐賀県醤油協業組合があります。大きな製造設備を有し、ここでつくられた醤油が県内の醤油メーカーに運ばれて最終加工をされています。いわば佐賀県の共同工場という位置づけです。

基礎研究室の水野裕一さんと久保田大樹さん

最初になめた醤油がおいしかった!

宮島醤油の基礎研究室の水野裕一さんは、大学時代から酵母の研究をしている発酵のスペシャリスト。宮島醤油に入社して最初の製造現場見学の時、「圧搾機から搾られている醤油を舐めさせてもらったんですけど、本当においしかったんですよ」。火入れをする前の搾りたての醤油、その時の感動が忘れられないといいます。

あの味をそのまま商品にしたい

そんな水野さんの思い入れのある商品が、リニューアルされた「減塩醤油」だそうです。「弊社の減塩醤油の製法は独特といいますか、脱塩装置などで塩分を取り除くのではなくて、低い塩分濃度で仕込みをしています。この搾りたての醤油が格別においしくて、それこそ新人時代に初めてなめた味わいに匹敵するくらいでした。でも、このままの状態で商品化されてはいませんでした…」。

低塩で仕込む製法故に品質を一定に保つことが難しく、核酸などで味を調える工程が欠かせなかったそうです。「ベースの生揚があれだけ美味しいのだから、そのまま商品にできたらいいのは分かっていました。ただ、簡単にはいかなかったんです」と、基礎研究室の久保田大樹さんも話します。

教科書にのっていないことへの挑戦

そもそも醤油は塩分によって雑菌などから守られています。低塩で仕込むことは雑菌などの汚染のリスクも高くなりますが、それらをカバーするために濃く仕込めば、今度は発酵の管理が難しくなる。

「技術屋の誇りにかけて、これだと胸をはれる醤油をつくりましょうよ!」と、水野さんと久保田さんが言い続けていると、少しづつ製造現場の姿勢が変わってきたそうです。「個人的にも面白さを感じていました。教科書にのっていないことへの挑戦でしたから」。

結果的に減塩になった醤油

pHの管理や酵母を添加するタイミングなど、どの条件が最適かを探っていったそうです。最終的には6ヶ月熟成させた醤油を冬に再び仕込みなおす再仕込醤油の製法を経て5月末に圧搾。9.5%の減塩醤油でうま味成分である窒素は2.3%の品質になりました。「技術屋の魂を込めたおいしさを追求した醤油だったので、最初は減塩醤油という商品名にしたくありませんでした。でも、結果的に減塩なんですけどね(笑)」と水野さんは笑います。

営業部の松本信義さん、基礎研究室の久保田大樹さん、減塩醤油のラベルデザインをした開発部の宮本葵さん

質素で誠実さを大切に

「このように現場の提案が通りやすいのも宮島醤油の社風だと思います」と営業部の松本信義さん。「社是が『去華就実』といって、外見的な華やかさより、質素で誠実さを大切にしています。新しいことにもどんどんチャレンジできる雰囲気があると思います。

ビンからペットボトルに移行したのも九州の中ではかなり早かったんですよ」。若い意見が商品づくりに結び付く。これからも時代に即した新商品がどんどん出てくる予感がする蔵元です。