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山川醸造見学 その4

ここで麹がつくられる

次に案内していただいたのは、麹作りの現場。いよいよ、溜醤油の要とも言える「味噌玉」が生まれる工程です。

まず、大豆は「NK缶」という大きな圧力釜で蒸します。濃口醤油と比べて使う水分が少なく、蒸す時間も短いそうです。蒸し上がった大豆をミンチ状にし、種麹を付けていきます。

この装置を使って蒸した大豆に種麹を均等にまぶしていく工程が、とても興味深い仕組みになっています。写真左上のシルバー部分にミンチ状の大豆を入れ、右側の緑の筒に入った種麹が、中央部分で大豆全体にムラなく付着していきます。

この左側の渦巻き状の部分に、下記写真の専用の部品を取り付けることで、特徴的な味噌玉の形に整形されます。

まさに「男性の親指ほどのサイズ」に。

できあがった味噌玉は麹室へ運ばれ、そこで3日間寝かせて豆麹になります。最初はきな粉色をしている味噌玉も、3日後には菌が繁殖して黄色みを帯びてくるそうです。

味噌切りと圧搾

次に案内していただいたのは、「味噌切り」の現場。ちょうどいいタイミングで、スタッフの森山さんが作業中でした。

溜醤油の諸味は、生引きを終えているため、一般的な濃口醤油のようなどろっとした状態ではありません。そのため「味噌切り機」と呼ばれる専用の機械で、カッチカチの諸味を数ミリの厚さにスライスしていきます。スライスされた諸味は、厚地の布に挟まれて、何層にも丁寧に積み重ねられていきます。

ちょうどそのとき、「味噌切り機に諸味がなくなったので、これから補充をします」と森山さん。

諸味の補充、これがまた大変。あの、スコップが刺さったままのカッチカチの諸味を、すくって機械に補充するのです。「これぞ重労働」と実感する瞬間でした。

味噌切り後の諸味が積み重ねられていました。

「このカッチカチの諸味から、まだ水分が出るんですか?」と伺ったところ、華奈子さんが実際に圧搾機の電源を入れてくださいました。圧力がかかり、ぽたぽたと醤油が滴りおちてきます。隣の圧搾機と比べてみると、積み重ねた諸味の高さが低くなっているのが分かります。今の段階で、すでに半分ほどの厚さにまで圧縮されているのだとか。積み重ね直後はもっと厚みがあった諸味が、時間と圧力をかけながらじわじわと圧搾されていきます。一桶分の諸味をすべてしぼり終えるまでに、なんと約2ヶ月を要するそうです。じっくり、ゆっくり、そして丁寧に。こうして、溜醤油の最後の一滴までが大切に抽出されているのです。

横にあった搾り粕も味見させていただきました。濃口醤油の搾り粕は以前食べたことがありますが、パサパサしていてお世辞にもおいしいとは言えません。しかし、溜醤油の諸味は食べた瞬間から「おいしい!!」と思わず声が出ました。さすが大豆100%!搾り粕でさえ、うま味が違うのです。

山川醸造には、丸大豆100%で仕込んだ溜醤油が2つあります。「長良」と「みのび」。どちらも岐阜県産の丸大豆を100%使用し、十水仕込み。原材料も、仕込み方法も、熟成期間も、まったく同じ。たった一つだけ違うのは、2年の熟成を終えたあとの工程。「長良」は、生引きで自然に滲み出てきたもの。「みのび」は、圧搾してしぼり出されたもの。 それだけです。でも、このたったひとつの違いが、味に大きな差を生むのです。

現場で味見させていただいたとき、「長良」は、すっと消えるような軽やかさがありながら、溜醤油らしい旨味をしっかり残してくれる。一方「みのび」は、どっしりとした深みと余韻。重厚感のある味わい。どちらが上、ということではなく、それぞれが持つ表現の違い。2年の熟成を経たのち、どう引き出すか。その一滴に、蔵の哲学が宿っているように感じました。

ここでも木桶が使われています

次に案内していただいたのは、「塩水」と「火入れ」の現場。ここでもまた、驚きがありました。

なんと、塩水をつくるのも、醤油の火入れをするのも木桶なんです。

「新しくプラスチック製の容器とかもあるんですけどね。うちには木桶があるから、それを使えばいいかなって思って」と、華奈子さんは自然体で話してくれました。

そう、山川醸造には、長年使い込まれてきた木桶が、当たり前のようにそこにある。わざわざ便利を買い足さずに、馴染んだ道具と共にものづくりを続けているのです。

しかもこの木桶、火入れにも実はぴったり。木桶は保温性に優れているので、じんわりと熱を入れる火入れには、理にかなっているのだそう。さらに、溜醤油の木桶には下に蛇口が付いていて、そこからそのまま出すことができます。ポンプなどを使わず、自然に流れてくるままを受け取る。そんなところにも、溜醤油らしい無理のなさを感じました。

「うちには木桶があるから」—伝統をつなぐ決意

最後に案内していただいたのは、今は仕込みに使われていない蔵。そこにはもう使われていない大きな木桶が静かに佇み、少しひんやりとした空気が漂っていました。

そこで、華奈子さんが静かに、けれど力強く語ってくださいました。「昔は、3つの蔵が動いていたんです。でも、今は1蔵だけになってしまいました」と。

戦後、新幹線が開通したことで関東から醤油が届くようになり、地元でつくられていた溜醤油の需要が減っていったのだそうです。かつて徒歩10分圏内にも蔵があり、岐阜県には20軒の溜醤油蔵があったのに、30〜40年前にはすでに8軒に。そして今では、山川醸造と芋慶さんの2軒だけ。

山川醸造は溜醤油の蔵の中では後発。大手のように家庭用市場に打って出ることはせず、飲食店に向けて「その店だけの味」をつくることで、溜醤油の伝統を守ってこれたのだといいます。

「うちには木桶があるから」

見学のあいだ、何度も華奈子さんが口にしていたこの言葉。それは単なる言葉以上に、木桶と溜醤油、そして山川醸造の過去と未来を繋ぐ、芯の通った思いのように感じられました。

大きな桶の前で語られた、これまでの道のりと、これからへの想い。「伝統を次の世代に繋いでいかなければいけない」と話すその姿からは、確かにこの蔵の未来を担う覚悟が感じられました。

静かに熟成を重ねる溜醤油のように、時間をかけて、しっかりと根を張って歩んできた山川醸造。華奈子さんの、ゆっくりとした中にも力強さを秘めた語り口のように、山川醸造の溜醤油はこれからも着実に熟成を重ねていくのだと感じました。

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